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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)193号 判決

アメリカ合衆国、19103ペンシルヴァニア、フィラデルフィア、マーケット ストリート 3700、

センターフォア テクノロジー トランスファー 気付

原告

ザ トラスティーズ オブ ザユニヴァーシティ オブ ペンシルヴァニア

同代表者

アンソニー メリット

同訴訟代理人弁理士

岡部正夫

臼井伸一

藤野育男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

津田俊明

吉野日出夫

石井勝徳

市川信郷

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成3年審判第59号事件について平成4年4月16日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

ユニヴァーシティ パテンツ インコーポレーテッドは、名称を「新規な非線形光学物質およびジアセチレン類を用いる方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、アメリカ合衆国において1979年6月25日にした米国特許出願第52、007号および1980年3月12日にした米国特許出願第129、560号に基づく優先権を主張して、昭和55年6月25日特許出願をし(昭和55年特許願第85278号)、平成2年1月11日付け手続補正書により発明の名称を「非線形光学デバイスおよび光導波路」に変更したが、同年9月12日拒絶査定を受けたので、平成3年1月7日審判を請求し、平成3年審判第59号として審理された。ユニヴァーシティ パテンツ インコーポレーテッドは、同年5月15日原告に対し、本願発明について特許を受ける権利を譲渡し、同年7月24日特許庁長官に対しその旨の変更届出をした。特許庁は、平成4年4月16日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月3日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加された。

2  本願発明の要旨

(1)  特許請求の範囲第1項

少なくとも1種の実質的に重合したジアセチレンから成り、光導波路として作用するのに適合している少なくとも1個の層と、該層を横切って電場を生成させるための手段から成り、該ジアセチレンが式

R1-C≡C-C≡C-R2

(式中、R1とR2とは同じであっても異なっていてもよく、1個ないし50個の炭素原子を有するアルキル、アリール、アルカリールまたはアラルキル基を包含し、それらはヘテロ原子で置換されまたは不飽和結合をもってよく、また、R1またはR2は1個またはそれ以上のアルキル、ハロアルキル、エステル、アルコール、フェノール、アミン、ニトロ、アミド、ハロゲン、スルホニル、スルホキシル、スルフィニル、シリル、シロキシル、ホスホロ、ホスファート、ケト、アルデヒド、またはその他の部分を包含してもよく、さらに、酸またはフェノラート塩のごとき上記のいずれかの金属変性体であってもよい。さらに、R1またはR2または両者はエステル、酸、アルコール、フェノール、アミン、アミド、ニトロ、ハロゲン、スルフォニル、スルフォキシル、シリル、シロキシル、ホスホロ、ホスファート、ケト、アルデヒドまたは金属塩またはフェノラートであってもよい。)で表され、また該ジアセチレンが結晶化して非中心対称性の単位セルを持つ結晶となっていて非線形光学効果を示すことを特徴とする非線形光学デバイス(以下「第1発明」という。)

(2)  特許請求の範囲第5項

少なくとも1種の実質的に重合したジアセチレンの少なくとも1個の層、該ジアセチレン層の側に設けられ該ジアセチレン層よりも低い屈折率を持つ境界層、および該ジアセチレン層中へ入る光をカップリングするための入力手段より成り、該ジアセチレンが式

R1-C≡C-C≡C-R2

(式中、R1とR2とは同じであっても異なっていてもよく、1個ないし50個の炭素原子を有するアルキル、アリール、アルカリールまたはアラルキル基を包含し、それらはヘテロ原子で置換されまたは不飽和結合をもってよく、また、R1またはR2は1個またはそれ以上のアルキル、ハロアルキル、エステル、アルコール、フェノール、アミン、ニトロ、アミド、ハロゲン、スルホニル、スルホキシル、スルフィニル、シリル、シロキシルホスホロ、ホスファート、ケト、アルデヒドまたはその他の部分を包含していてもよく、さらに、酸またはフェノラート塩のごとき上記のいずれかの金属変性体であってもよい。さらに、R1またはR2または両者はエステル、酸、アルコール、フェノール、アミン、アミド、ニトロ、ハロゲン、スルフォニル、スルフォキシル、シリル、シロキシル、ホスホロ、ホスファート、ケト、アルデヒドまたは金属塩またはフェノラートであってもよい。)で表されることを特徴とする光導波路(以下「第2発明」という。)

(3)  特許請求の範囲第7項

実質的に重合したジアセチレンの少なくとも1個の層から成る平面状光導波路と、該光導波路へ入る光をカップリングするための入力手段と、該光導波路からでる光をカップリングするための出力手段から成り該ジアセチレンが式

R1-C≡C-C≡C-R2

(式中、R1とR2とは同じであっても異なっていてもよく、1個ないし50個の炭素原子を有するアルキルアリール、アルカリールまたはアラルキル基を包含し、それらはヘテロ原子で置換されまたは不飽和結合をもってよく、また、R1またはR2は1個またはそれ以上のアルキル、ハロアルキル、エステル、アルコール、フェノール、アミン、ニトロ、アミド、ハロゲン、スルホニル、スルホキシル、スルフィニル、シリル、シロキシルホスホロ、ホスファート、ケト、アルデヒドまたはその他の部分を包含していてもよく、さらに、酸またはフェノラート塩のごとき上記のいずれかの金属変性体であってもよい。さらに、R1またはR2または両者はエステル、酸、アルコール、フェノール、アミン、アミド、ニトロ、ハロゲン、スルフォニル、スルフォキシル、シリル、シロキシル、ホスホロ、ホスファート、ケト、アルデヒドまたは金属塩またはフェノラートであってもよい。)で表され、また、該ジアセチレンが結晶化して非中心対称性の単位セルを持つ結晶となっていて非線形光学効果を示すことを特徴とする少なくとも1個の非線形光学デバイスを含む装置(以下「第3発明」という。)

3  審決の理由の要点

(1)  本願第1ないし第3発明の要旨は、前項記載のとおりである。(別紙図面参照)

(2)  これに対して、PHYSICAL REVIEW LETTERS、Vol.36、Num.16、P. 956~959(1976年4月19日発行、以下「引用例」という。)には、「ジアセチレン類の固相重合による一次元の電子の非局在化は、顕著な非線形光学特性の増大を引き起こす。重合した結晶の3次の感受率は無機の半導体のそれに匹敵するほど大きい。ジシセチレン(ジアセチレンの誤記と認める。)類R-C≡C-C≡C-Rの固相重合で、大きなほとんど欠陥のない単結晶(single crystals)の十分に共役したポリマーが得られる。これらのポリマーは平面状の主鎖の連なり(backbone)をもち、2つの共鳴構造で表現される。主鎖の連なりに沿って、強いπ電子の非局在化が起きている。非線形光学特性の3次の感受率χ(3)が、ジアセチレンの重合に伴って大きく増大することを観測した。最初の実験では、置換基としてR=(CH2)4OCONHC6H5を2つ有するジアセチレンに相当する5、7-ドデカジイン-1、2-ジオールのビス-(フェニルーウレタン)(TCDU)のものを測定した。モノマーを準備し、板状(面積2cm2、厚さ2mm)の単結晶を、室温でゆっくり溶媒を蒸発させることで、作製する。γ線を照射して重合させることで、ポリマー結晶が得られる。ポリマー鎖の軸の方向は板平面に含まれている。この平面に垂直な光は、ポリマー鎖に平行な向きと垂直な向きとで屈折率と吸収係数のスペクトルが異なる。ポリマー鎖に平行な向きは、17900cm-1に吸収ピークを有し、より長波長側でほとんど吸収を示さない鋭いエッジ状の吸収端を示す。したがって、透明な領域は可視光域に達している。屈折率は、ポリマー鎖に平行な向きでは、1.80、垂直な向きでは1.65である。ポリジアセチレン類で測定されたχ(3)の値は、束縛電子に対して観測されたうちの最も大きいものと同等である。Rとしてほかの置換基を2つ有するジアセチレンである2、4-ヘキサジイン-1、6-ジオールのビス-(P-トルエンスルフォネート)(PTS)のポリマーについても、各値が測定されている。今回の実験は、電子の非局在化の影響を分離して調べるため、2つの置換基が同じである中心対称なジアセチレンについて行った。R-C≡C-C≡C-R’のように、2つの置換基が異なる中心非対称な場合には、2次の感受率が現れてくるが、非対称性は非局在化を減少させるかもしれない。χ(2)に対するこの2つの要因の起こりうる逆の影響を調べるために実験が計画されている。」旨、記載されている。

(3)  本願第2発明と引用例記載の発明とを対比する。

引用例における「ジアセチレンのポリマー」ないし「ポリジアセチレン」は、本願第2発明の「少なくとも1種の実質的に重合したジアセチレン」に該当する。

また、本願第2発明の「該ジアセチレンが式

R1-C≡C-C≡C-R2

(式中、R1とR2とは同じであっても異なっていてもよく、1個ないし50個の炭素原子を有するアルキル、アリール、アルカリールまたはアラルキル基を包含し、それらはヘテロ原子で置換されまたは不飽和結合をもってよく、また、R1またはR2は1個またはそれ以上のアルキル、ハロアルキル、エステル、アルコール、フェノール、アミン、ニトロ、アミド、ハロゲン、スルホニル、スルホキシル、スルフィニル、シリル、シロキシルホスホロ、ホスファート、ケト、アルデヒドまたはその他の部分を包含していてもよく、さらに、酸またはフェノラート塩のごとき上記のいずれかの金属変性体であってもよい。さらに、R1またはR2または両者はエステル、酸、アルコール、フェノール、アミン、アミド、ニトロ、ハロゲン、スルフォニル、スルフォキシル、シリル、シロキシル、ホスホロ、ホスファート、ケト、アルデヒドまたは金属塩またはフェノラートであってもよい。)で表される」の括弧中の記載については、「要するにR1またはR2または両方が水素であるジアセチレン類を除いて、任意のアセチレンが本発明の1つまたはそれ以上の実施態様の実施に適している(本願明細書〔平成2年4月6日付け補正書〕29頁8行ないし11行参照)」ものであるから、引用例記載の2つのジアセチレンの具体例(TCDUとPTS)は、このうち「R1とR2とが同じである」ものに相当している。また、引用例には、R1とR2とが異なったジアセチレンに相当するものについても触れられている。

したがって、本願第2発明と引用例記載の発明とは、「少なくとも1種の実質的に重合したジアセチレン」につき、「該ジアセチレンが式

R1-C≡C-C≡C-R2

(式中、R1とR2とは同じであっても異なっていてもよく、1個ないし50個の炭素原子を有するアルキルアリール、アルカリールまたはアラルキル基を包含し、それらはヘテロ原子で置換されまたは不飽和結合をもってよく、また、R1またはR2は1個またはそれ以上のアルキル、ハロアルキル、エステル、アルコール、フェノール、アミン、ニトロ、アミド、ハロゲン、スルホニル、スルホキシル、スルフィニル、シリル、シロキシルホスホロ、ホスファート、ケト、アルデヒドまたはその他の部分を包含していてもよく、さらに、酸またはフェノラート塩のごとき上記のいずれかの金属変性体であってもよい。さらに、R1またはR2または両者はエステル、酸、アルコール、フェノール、アミン、アミド、ニトロ、ハロゲン、スルフォニル、スルフォキシル、シリル、シロキシル、ホスホロ、ホスファート、ケト、アルデヒドまたは金属塩またはフェノラートであってもよい。)で表される」点で一致している。

(4)  しかしながら、本願第2発明と引用例記載の発明は、次の点で相違している。

すなわち、本願第2発明は、「光導波路」の発明であって、「少なくとも1種の実質的に重合したジアセチレンの少なくとも1個の層、該ジアセチレン層の側に設けられ該ジアセチレン層よりも低い屈折率を持つ境界層および該ジアセチレン層中へ入る光をカップリングするための入力手段」をその構成要素としているのに対し、引用例記載の発明では、光導波路については記載されておらず、したがって、「重合したジアセチレンの層」、「該ジアセチレン層の側に設けられ該ジアセチレン層よりも低い屈折率を持つ境界層」の各層および「該ジアセチレン層中へ入る光をカップリングするための入力手段」も、記載されていない。

(5)  そこで、上記相違点について検討する。

光導波路の技術において、光が伝わるべき層(光導波層)の材料としてポリマーが使用し得ることは、当業者にとって自明のことであり、また、光導波層として例えば電気光学的カー効果等の3次の非線形光学効果を有する材料を採用した形式の光導波路も、従来から当業者に周知であったことを考慮すると、上記引用例によって、大きくほとんど欠陥のない単結晶の板状ポリマーとして形成でき、しかも、適宜の透明性と屈折率特性および顕著な3次の非線形光学効果を有する材料として知られたポリジアセチレンを、光導波層の材料として採用して光導波路を作製する程度のことは、当業者にとって、格別の創意を要することであったとは認められない。

そして、光導波層をポリジアセチレン層とした光導波路を作製するためには、ポリジアセチレン層の側にポリジアセチレン層よりも低い屈折率を持つ層を設ければよいことは、当業者にとって自明の技術事項であるし、また、光導波層中へ入る光をカップリングするための入力手段を設けることも、当業者が必要に応じて採用できる程度の周知技術にすぎない。

そして、本願第2発明の構成によってもたらされる作用効果も、引用例記載の発明から当業者であれば予測することができる程度のもので、格別のものとはいえない。

(6)  以上のとおり、本願第2発明は、引用例に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

したがって、本願発明は、第1発明ないし第3発明について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)ないし(4)は認めるが、(5)、(6)は争う。

審決は、相違点に対する判断を誤った結果、結論を誤ったもので、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  審決は、「光導波路の技術において、光が伝わるべき層(光導波層)の材料としてポリマーが使用し得ることは、当業者にとって自明のことであり、また、光導波層として例えば電気光学的カー効果等の3次の非線形光学効果を有する材料を採用した形式の光導波路も、従来から当業者に周知であった」と判断する。

〈1〉 確かに、ある種のポリマー(例えばポリシロキサン)を光導波路として用いた光導波路は知られていたかもしれないが、一般にポリマーを用いて光導波路を構成することが本願優先日の時点で自明であったとはいえない。

また、光導波路の材料として従来用いられてきた3次の非線形光学効果を有する材料は無機材料(例えばニオブ酸ナトリウム)であり、耐熱性、強度、加工性等の点でポリマーのような有機材料と同一視することはできない。

〈2〉 ポリマーに限らず適度の屈折率を有する透明材料であれば、光導波路を構成する材料として用いることができる可能性はあるといえるかもしれないが、それが実際に(平面状)光導波路を構成する材料としてどの程度適しているかとなると、別の話である。

平面状光導波路を構成する材料であれば、材料の透明度や屈折率といった物性面だけでなく、両側のクラッド層を構成する屈折率のより小さい材料とのサンドイッチ構造が容易に形成できるかどうか、それらの層間の界面の整合性はどうか、光集積回路におけるように基板上に微細な導波路パターンを形成するための精密加工は可能かといった点を考慮しなくてはならない。

乙第1号証ないし第4号証は、平面状光導波路の材料として、アクリル系ポリマー、ポリカーボネート類およびポリスチレンを開示あるいは示唆するのみであり、平面状光導波路の材料として用いることが自明なのは、これらのポリマーであって、ポリマー一般ではない。原告も、光導波層(平面状光導波路)の材料として従来用いられてきた材料は無機材料のみであったと断定するわけではないが、上記の意味でのポリマーの一般性あるいは自明性の欠如を主張するものである。

ポリマーが一般に光導波路の材料として使用し得るとはいえない以上、ポリジアセチレンという乙号各証に具体的に記載されない特定のポリマーが、同号各証に具体的に記載された限られた種類のポリマーと同様に光導波路の材料として使用し得るとはいえない。

ポリジアセチレンとは、ジアセチレンモノマーを重合させたものであるが、このジアセチレンは、乙号各証に記載されたポリマーを構成するためのモノマーとは構造的ないし機能的にかなり異なるモノマーである。乙号各証に示されるポリマーは、いずれも従来からよく知られた「通常の」ポリマーであるのに対し、本願第2発明のポリジアセチレンは、かなり「特殊な」ポリマーであるということができ、このような特殊なポリマーが乙号各証に記載された通常のポリマーと同様に光導波層の材料として用い得るとは当然にはいえない。

(2)  審決は、「上記引用例によって、大きくほとんど欠陥のない単結晶の板状ポリマーとして形成でき、しかも、適宜の透明性と屈折率特性および顕著な3次の非線形光学効果を有する材料として知られたポリジアセチレンを光導波層の材料として採用して光導波路を作製する程度のことは、当業者にとって、格別の創意を要することであったとは認められない。」と判断する。

〈1〉 本願第2発明は、平面状光導波路に係る発明である。

被告は、これを争い、本願第3発明には「平面状」なる文言があるのに対して、本願第2発明にはそのような限定がないこと、「層」という文言は平面状でない光導波路においても、広く用いられていることを指摘する。

しかしながら、「層」という文言は、必ずしも「平面状」のものを意味しないにしても、少なくとも「面状」のもの、すなわち、平面であるか曲面であるかを問わないにしても所定の厚みと2次元的広がりをもった「面状」のものを意味することは当業者ならずとも明らかである。

本願第2発明における「光導波路」なる文言がどのような意味で用いられているかは、発明の詳細な説明を参酌して解釈すべきである。

本願明細書の発明の詳細な説明において「光導波路」は、光デバイスその他の各種デバイスと同列に並べられている。端的にいえば、本願明細書は、ポリジアセチレンを各種デバイスに適用することに関して記載しており、「光導波路」への適用もそれら各種デバイスへの適用の一環として記載されているのである。

本願明細書においては、ポリジアセチレンが各種光デバイスの作製に適した性質を備えていることの説明に付随して、ポリジアセチレンまたは各種光デバイスの構成要素となる光導波路の材料としても適していること、そのため各種光デバイスを一体的に組み込んだ光集積回路の作製には特に適していることを説明している。

以上のことから、本願明細書における「光導波路」とは、各種光デバイスやそれらを組み込んだ光集積回路の構成要素となるような光導波路と解釈することができる。

そして、このことは、本願明細書に、「本発明においてジアセチレン類から導波路をつくるためには、ジアセチレン物質の薄膜を基板上につくる」(60頁12行ないし14行)と記載されていることからも首肯される。

〈2〉 被告は、本願第2発明の範囲の限界を厳密に定めるべきであるとするが、そのようなことは本件訴訟においては本質的ではない。

本件訴訟で問題とされているのは、本願第2発明の新規性ではなく進歩性である。すなわち、ポリジアセチレンからなる光導波路の例は先行技術の中に見当たらないのであるから、この点だけで本願第2発明は被告が立証するいずれの先行技術とも明確に区別されるわけであり、それらの先行技術が、ポリジアセチレンを使用していないという事実を除いて、本願第2発明の範囲に入るかどうかを議論することに重要な意味があるとは思えない。

クレームされた発明の範囲の限界が問題となるのは、新規性すなわち先行技術との同一性を議論する場合であり、進歩性の判断においてはそれ自体が問題ではないのである。

〈3〉 審決のいうように、ポリジアセチレンが板状単結晶に形成でき、それが適宜の透明性と屈折率特性を有し、かつ3次の非線形光学効果を有することが知られたとしても、それだけではこれを従来の無機材料の代わりに用いて光導波路を作製することは自明ではない。

何故ならば、従来光導波層として3次の非線形光学効果を有する特定の無機材料が用いられてきたのは、それらの材料が従来の半導体加工技術(リソグラフィー、エッチング等)を用いて光導波路に形成できるため、光デバイスと電子デバイスを組み込んだオプトエレクトロニクス集積回路の制作に適していたからであるという点、および、それらの材料がそのような集積回路に組み込まれて機能するに十分な耐熱性や強度を持っていたからであるという点を見逃すことはできないからである。

ポリジアセチレンが加工性、耐熱性、強度等の点でそれらの無機材料と必ずしも同等とはいえない以上、それらの代わりに光導波層として用いられ得ることは決して自明ではなく、引用例によってポリジアセチレンを光導波層に用いることが明示的に示唆されなければ、ポリジアセチレンを用いて光導波路を作製することに想到することは、いかに当業者といえども容易ではない。

(3)  審決は、「光導波層をポリジアセチレン層とした光導波路を作製するためには、ポリジアセチレン層の側にポリジアセチレン層よりも低い屈折率を持つ層を設ければよいことは、当業者にとって自明の技術事項であるし、また、光導波層中へ入る光をカップリングするための入力手段を設けることも、当業者が必要に応じて採用できる程度の周知技術にすぎない。」と判断する。

確かに、そのような構成は光導波路の一般的構成であるが、問題は単にそのような構成を思いつくかどうかという点にあるのではなく、ポリジアセチレンを用いてそのような構成をとる光導波路を作製することが技術的に可能であるということを思いつくかどうかという点にあるのである。

そして、後者の点は、上記に述べたように、決して容易に思いつくようなことではない。

(4)  審決は、「本願第2発明の構成によってもたらされる効果も、引用例記載の発明から当業者であれば予測することができる程度のもので、格別のものとはいえない。」と判断する。

しかしながら、本願第2発明のようにポリジアセチレンを用いて光導波路を作製する場合には、次のような利点があるのに、審決は、この点を見落としている。

すなわち、ポリジアセチレンより屈折率の小さい半導体基板上に薄膜として形成可能であり、さらにその上にやはりポリジアセチレンより屈折率の小さい物質からなるスーパーストレートが形成可能であることによって、容易に光導波路を作製することができる。

上記薄膜の形成には、ラングミュアーブロジェット法、スピニング法、ディップ法、蒸着法といったさまざまな薄膜技術が可能であり、また、ホトリソグラフ法を用いれば、多数の光デバイスおよび導波路の複雑な配列を形成して光集積回路とすることも容易である。好適には、薄膜と基板もしくはスーパーストレートとの間にシラン結合化学種の層を設けることによって、光導波路としての構成を損なうことなく、その機械的強度やコヒーレンス性の向上を図ることができる(平成2年4月6日付け手続補正書添付の明細書(以下「訂正明細書」という。)60頁12行ないし61頁17行)。

また、上記半導体基板には、多数の電子デバイスを組み込んだ電子集積回路を形成できることから、これにポリジアセチレンを用いて各種光デバイスおよび導波路を組み込んだ光集積回路を一体的に形成して、オプトエレクトロニクス集積回路が容易に得られることになる。

そして、ポリジアセチレンは、従来用いられていたペロブスカイト等に比べて極めて低い損失率および大きな非線形感受率を有するとともに、組み込むデバイスに応じて対称性、電子配置、物理的および化学的構造を最適化することができるため、各種デバイスを一体的に組み込んだオプトエレクトロニクス集積回路の光導波路を構成する材料として好都合である(訂正明細書8頁14行ないし11頁7行)。

本願第2発明にしたがってポリジアセチレンを用いれば、微細パターン形成が可能であり、膜厚の均一性、基板との結合の良好性、各種デバイス構造の一体形成性等も可能である。

第3  請求の原因に対する認否および被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2(1)  ポリマーを用いた光導波路の自明性(相違点に対する判断についての原告の主張(1))について

原告の主張は、本願優先日の時点において、光導波路には無機材料だけではなく、多種多様の有機ポリマーが用いられていた事実を看過するものであって、失当である。

ポリマーを光導波層とした光導波路は、本願優先日の時点において、多数知られている。乙第1号証には、「アクリルアミド及びアクリル酸の重合体」が、乙第2号証には、「ポリカーボネート樹脂」が、乙第3号証には、「シクロヘキシル メタクリレート、ベンジル メ タクリレート、2-フェニルエチル メタクリレートのようなモノマーを光化学的に重合したもの」が、乙第4号証には、「スチレンのような重合性単量体を含浸したポリメチルメタクリレート等の透明重合体を光重合したもの」がそれぞれ光導波層として用いられた光導波路が記載されている。

このように、多種多様の有機ポリマーが光導波路の光導波層として用いられていることから、ポリマーを用いて光導波路を構成することが本願優先日の時点で自明であったことは明らかであり、光導波層の材料として従来用いられてきた材料は無機材料であるとする原告の主張は、根拠を欠くものである。

(2)  ポリジアセチレンで光導波路を作製することの容易性(相違点に対する判断についての原告の主張(2))について

〈1〉 原告は、本願第2発明が平面状光導波路に係る発明であることを当然の前提とした主張をしているが、本願第2発明は、一般的な光導波路を含む発明であって、これを平面状光導波路に係る発明とすることには何らの根拠もない。

すなわち、本願明細書の特許請求の範囲の記載からみても、本願第2発明には、第3発明のように光導波路が「平面状」であるとの何らの限定も付されておらず、単に「光導波路」と記載されているのみである。

また、この点を、「実質的に重合したジアセチレンの少なくとも1個の層」ないしは「境界層」ということから読み取ろうとしても、光導波路の分野においては、平面状でない光導波路においても、広く「層」という用語を用いることが慣用されており、原告の主張は理由がない。

〈2〉 審決は、その容易性の判断において、先に述べたとおりの光導波層の材料としてポリマーを用いることの自明性、および3次の非線形光学効果を有する材料を採用した形式の光導波路が従来から当業者に周知であったことを前提として、その容易性の判断をしており、原告の主張するように、ポリジアセチレンが板状単結晶に形成でき、それが適宜の透明性と屈折率特性を有し、かつ3次の非線形光学効果を有することが知られていたことだけを根拠にその容易性を判断しているのではない。

原告は、ポリジアセチレンを従来の無機材料の代わりに用いて光導波路を作製することは容易でないことの根拠として、オプトエレクトロニクス集積回路には無機材料が適しており、従来から専らそれが用いられてきた点を強調している。

しかしながら、本願第2発明は、その発明の要旨からみて、オプトエレクトロニクス集積回路における光導波路だけでなく、光導波路一般を包含する発明であるから、それをオプトエレクトロニクス集積回路に限定した原告の主張は、何ら理由のないものである。

本願優先日の時点において、光導波路には、無機材料だけではなく、多種多様な有機ポリマーが用いられており、オプトエレクトロニクス集積回路における光導波路にどのような材料が適しているかは、ここでは関係がない議論である。むしろ、問題とすべきは、引用例の記載において、ポリジアセチレンを光学材料に用い得ることが示唆されているか否かである。

この点についてみると、引用例記載のポリジアセチレンは、板状単結晶に形成でき、それが適宜の透明性と屈折率特性を有し、かつ3次の非線形光学効果を有するものであり、さらに、引用例記載のポリジアセチレンは、光学材料として用いられる従来の無機材料の1代表といえるニオブ酸リチウム(LiNb03)との光学特性の比較が行なわれており(乙第5号証、958頁右欄49行ないし53行)、また、「これらの結果は非線形光学における1次元固体系での用途に対して魅力的展望を開く」(同号証、958頁右欄末行ないし959頁左欄1行)と記載されており、これらのことから、引用例には、このポリジアセチレンが光学材料として用いられるものとして開示されていることは明白である。

そうすると、光導波路を作製するに際し、従来から用いられていた有機ポリマーとして、光学材料として用いられることが開示されている引用例記載の有機ポリマーの1つであるポリジアセチレンを選択し、本願第2発明を構成する程度のことは、当業者において容易であったといわざるを得ない。

(3)  ポリジアセチレンで光導波路を構成することの容易性(相違点に対する判断についての原告の主張(3))について

ポリジアセチレンを用いて光導波路を構成することの容易性については、上記(3)で述べたとおりであり、審決が認定した光導波路の一般的構成について異論がない以上、審決のこの点の判断に誤りはない。

(4)  本願第2発明の作用効果(相違点に対する判断についての原告の主張(4))について

原告の作用効果についての主張は、「半導体基板上にポリジアセチレンを薄膜として形成すること」、「シラン結合化合種の層を設けること」、「半導体基板には電子集積回路を形成すること」を前提としたもので、一般的な光導波路を含む本願第2発明とは直接関わりのない発明に関する主張であり、失当である。

すなわち、本願第2発明の構成に基づく作用効果は、その明細書に記載されているように、「本発明の物質は約0.1ないし0.01デシベル/kmという非常に低い損失率を示し、この数値は普通に用いられている有機物に比して有利であり、5~10デシベル/kmの損失を示す灰チタン石(ペロブスカイト)型の組成物よりも遙に優れている。」(訂正明細書16頁12行ないし17行)というものであり、引用例記載のポリジアセチレンも本願第2発明のそれと同一の光学材料である以上、それにより構成された光導波路が同じ作用効果を奏することはいうまでもない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、以下原告の主張について検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証の1(特許願書)、同号証の2(平成2年4月6日付け手続補正書添付の訂正明細書および図面)、第3号証(平成3年2月6日付け手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成および作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、重合したジアセチレンの層を含む物品に関する。より詳しくは、本願発明は、電気光学デバイス、第二高調波発生デバイス、電気音響デバイス、圧電デバイス、焦電デバイス、導波路、半導体デバイス等に関し、特に、膜または層の配列体または集合体が構成要素として用いられる非線形光学デバイスに関する。(訂正明細書8頁2行ないし11行)

(2)  本願発明の目的は、薄膜または単結晶の非線形的な光学的デバイスおよびその他のデバイスにジアセチレン類を用いている新規な物品を提供することである。さらに、本願発明の目的は、電気光学デバイス、第二高調波発生デバイス、電気音響デバイスその他の非線形光学デバイス、圧電デバイス、焦電デバイス、導波路、半導体デバイスおよびその他のデバイスとしての使用に適している薄膜、単結晶等からなるデバイスを提供することである。他の目的は、優れたパイ電子系および電子的に多様な系を有する非線形光学系を提供することである。さらに、他の目的は、ジアセチレン的な物質の開発であり、また、それによって高効率と高生産性と高効果をデバイス製作時に得ることであり、また、それによってかかる製作への系統的解決方法を得ることである。(同19頁13行ないし20頁8行)

(3)  本願発明は、上記目的のため、特許請求の範囲第1項ないし第13項記載の構成を採用した。(平成3年2月6日付け手続補正書3頁2行ないし8頁17行)

(4)  本願発明の電気光学系、第二高調波発生系その他の非線型光学系に用いられる物質は、〈1〉ニオブ酸リチウムのような普通に用いられている無機化合物であるペロブスカイト類よりも1000倍以上大きな非線形感受率を有し、〈2〉本願発明の用途に好適なある物質は、光第二高調波発生が可能であるのみでなく、その発生は位相整合可能であり、この性質はかかる系において非常に望ましいものであり、また、本願発明の物品に用いるジアセチレン類は、〈3〉圧電気および焦電気の分野において、ニオブ酸リチウムよりも10倍優れた性能を有し、かつ〈4〉導波路メディアとしても役立ち、0.01ないし0.1デシベル/kmという低い損失率を示し、同時に組立てを未曾有に容易にするという利点をもたらす。(訂正明細書9頁5行ないし10頁1行)

2(1)  ポリマーを用いた光導波路の自明性(相違点に対する判断についての原告の主張(1))について

原告は、「一般にポリマーを用いて光導波路を構成することが本願優先日の時点で自明であったとはいえない。」旨主張する。

〈1〉 しかしながら、成立に争いのない乙第1号証(昭和53年特許出願公告第43301号公報)には、名称を「光集積回路用伝送路の製造方法」とする発明において、光集積回路用伝送路をアクリルアミドの重合体で構成すること(実施例1、4欄7行ないし34行、第1表)、アクリル酸の重合体で構成すること(実施例3、5欄11行ないし16行、第2表)が記載され、同第2号証(昭和49年特許出願公開第99042号公報)には、名称を「光路形成法」とする発明において、光路をポリカーボネート樹脂で構成すること(実施例1、2頁右上欄16行ないし左下欄7行)が記載され、同第3号証(昭和49年特許出願公開第62151号公報)によれば、名称を「集積光学回路の作成のための鋳造及び印刷技術」とする発明において、集積光学回路を「シクロヘキシル メタクリレート、ベンジル メタクリレート或は2-フエニルエチル メタクリレート等」の重合体で構成すること(5頁右下欄4行ないし6行)が記載され、同第4号証(昭和53年特許出願公開第95656号公報)によれば、名称を「高分子光回路の製造方法」とする発明において、高分子光回路を「スチレンのような重合体単量体を含浸したポリメチルメタクリレート等の透明重合体」で構成すること(1頁右下欄15行ないし17行)が記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、本願優先日当時、光導波路の技術において、光が伝わるべき層(光導波層)の材料としてポリマーが使用し得ることは、当業者にとって自明のことであると認められるから、審決の前記判断に誤りはない。

また、原告は、「光導波路の材料として従来用いられてきた3次の非線形光学効果を有する材料は無機材料(例えばニオブ酸ナトリウム)であり、耐熱性、強度、加工性等の点でポリマーのような有機材料と同一視することはできない。」と主張する。

この主張によれば、原告は、無機材料であるにしても、3次の非線形光学効果を有する材料を採用した形式の光導波路が周知であることは認めているところ、審決は、単に、光導波路として3次の非線形光学効果を有する材料を採用した形式の光導波路が周知であると認定しているにすぎないから、原告の有機材料とは同一視できないとの主張は、意味を欠くといわざるを得ない。

〈2〉 なお、本願第2発明が平面状光導波路であることを前提とする原告の主張は、次項において検討する。

(2)  ポリジアセチレンで光導波路を作製することの容易性(相違点に対する判断についての原告の主張(2))について

〈1〉 まず、本願第2発明における「光導波路」とは何を指すかを検討するに、前掲甲第2号証の1、2、第3号証によれば、本願明細書には、本願第2発明における「光導波路」についての定義は記載されていない。

そして、成立に争いのない甲第6号証(「ISDN時代の光ファイバ技術」大久保勝彦著、1989年6月10日理工学社発行)によれば、「光ファイバも広義の光導波路に含まれる」(7-2頁、17行)と記載されていることが認められ、同乙第9号証(「光用語事典」日置隆一編、昭和56年11月30日株式会社オーム社発行)によれば、「光導波路」の項に「光を一定領域に閉じ込めて伝送する回路または線路。光導波路には光ファイバー、薄膜導波路などがある。」と記載されていることが認められ、そうすると、「光導波路」には、光ファイバーも含まれることが認められる。

一方、成立に争いのない甲第4号証(「オプトエレクトロニクス入門」後藤顕也著、昭和60年3月30日株式会社オーム社発行)によれば、「第二世代の光回路は…光ファイバケーブルで代表される光の導波線路を光導波路に変え、各光学素子も一体化し、全体としてもっと小形にすることである。」(図9.2下216頁6行ないし11行)と記載され、同甲第5号証(「光通信技術の現状と将来」電気通信技術審議会編、昭和62年3月1日株式会社ぎょうせい発行)によれば、その目次の中で、「第3章 光通信技術の現状と動向」の「3.1デバイス技術」の中に「光導波路」が記載され、「3.2光ファイバ技術」の中に「光ファイバケーブル」が記載されていることが認められる。また、前掲甲第6号証の別の箇所には、「光導波路は、基板の上に光ファイバのコアやクラッドに相当する薄膜を形成して光を導波させるもので、」(7-6頁9行ないし10行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、「光導波路」は光ファイバーの範疇外のものであって、光ファイバーを含まないもの(狭義の「光導波路」)と認められる。

これらの記載からすると、「光導波路」に光ファイバーを含むか否かにおいて、広義の意味で使用される場合と狭義の意味で使用される場合があることが認められる。

前示認定のように、本願明細書には、本願第2発明における「光導波路」についての定義はなく、本願第2発明は、ジアセチレンの少なくとも1個の層、境界層、入力手段から構成されるものであり、このような発明の構成では光ファイバーは存在しないものともいえないから、これを狭義のものに限定して解釈することは根拠を欠くというべきである。

したがって、本願第2発明における「光導波路」は広義のものであって、光ファイバーを含むものであると解せざるを得ない。

〈2〉 原告は、「本願第2発明は平面状光導波路に係るものである。」、「本願明細書の発明の詳細な説明において、光導波路は光デバイスその他の各種デバイスと同列に並べられている。」、「本願明細書における光導波路とは、各種光デバイスやそれらを組み込んだ光集積回路の構成要素となるような光導波路と解釈できる。」、「このことは、本願明細書に、本発明においてジアセチレン類から導波路をつくるためには、ジアセチレン物質の薄膜を基板上につくると記載されていることからも首肯される。」と主張する。

しかしながら、「光導波路」が光デバイスその他の各種デバイスと同列に並べられているからといって、光導波路がこれらに限られて他を含まないことを意味しないし、ジアセチレン物質の薄膜を基板上につくることは、本願明細書の記載からみて、光導波路製作の例示と認められ、また、前掲甲第2号証の2によれば、本願明細書には、「かかる物質は巨視的な規模においても有用である。すなわち、圧電アレーまたは焦電アレーは、メートル単位の大きさのシート(sheet)状またはフィルム状にもつくられる。多くの他の巨視的な用途も、かかる系について可能であることも明白であろう。」(訂正明細書55頁17行ないし56頁2行)と記載されていることが認められ、この記載からすれば、本願発明の光導波路には、必ずしも微細なものに限られず、光ファイバーも含まれるということができ、いずれにしろ、原告主張のように解すべき根拠は見当たらない。

原告は、また、本願第2発明は、「層」という文言からも明らかなように「面状」光導波路に係るものであると主張するが、成立に争いのない乙第6号証(昭和50年特許出願公開第6350号公報)によれば、名称を「光導性繊維」とする発明において、「最内層」「中間層」「最外層」(1欄5行ないし7行)との文言が使用されていること、同乙第7号証(昭和59年特許出願公開第50403号公報)によれば、名称を「光伝送用ファイバ」とする発明において、「最外層」「クラッド層」「コア層」(1頁左欄6行ないし10行)との文言が使用されていること、同乙第8号証(平成2年特許出願公開第111903号公報)によれば、名称を「合成樹脂光ファイバ」とする発明において、「コア層」「クラッド層」「ジャッケット層」(1頁左欄5行)との文言が使用されていることが認められるから、光ファイバーにおいても「層」なる語が用いられるということができ、本願第2発明が「層」という文言を使用しているからといって、これに光ファイバーが含まれないということにはならない。

原告は、また、本願第2発明の範囲の限界を厳密に定めることは本質的なことではなく、進歩性の判断においては問題ではないと主張するが、発明の進歩性の判断にあたっても、その発明の要旨とする構成の範囲を明細書の記載に基づいて厳密に定めるべきことは、新規性の判断の際と同様であって、原告のこのような考え方は採り得ない。

〈3〉 次に、引用例記載のポリジアセチレンを光導波路の材料として採用することの容易性について検討する。

前掲甲第2号証の2によれば、本願明細書には、「導波路の目的のためには、ジアセチレンが規則正しい物理的構造と均一な屈折率とを有することだけが必要である。」(訂正明細書54頁5行ないし7行)と記載されていることが認められ、その要求される特性が緩やかであり、格別の選択や制御を要しないものであると認められる。

また、当事者間に争いのない引用例の記載事項によれば、ポリジアセチレンが大きくほとんど欠陥のない単結晶の板状ポリマーとして形成でき、しかも、適宜の透明性と屈折率特性を有する材料として知られたものであり、さらに、成立に争いのない乙第5号証によれば、引用例には、同記載のポリジアセチレンにおける近赤外域での4波パラメトリック増幅の利得は、光学材料として用いられる従来の無機材料であるニオブ酸リチウム(LiNbO3)における3波パラメトリック増幅の利得よりもおよそ10倍大きいことが示され、「これらの結果は非線形光学における1次元固体系での用途に対して魅力的展望を開く。」(958頁右欄54行ないし959頁左欄1行)と記載されていることが認められるから、このような特性をもつポリジアセチレンをもって、光導波路の光導波層を構成することは、当業者にとって容易であったということができる。

原告は、「ポリジアセチレンが加工性、耐熱性、強度等の点で、光導波層として従来使われてきた無機材料と必ずしも同等とはいえない以上、それらの代わりに光導波層として用いられ得ることは決して自明ではない」旨主張するが、加工性については程度の問題であるうえ、加工性、耐熱性、強度等の点で無機材料と必ずしも同等といえないからといって、ポリジアセチレンで光導波層を構成することが容易でないことの理由とはならない。

原告は、また、「引用例によってポリジアセチレンを光導波層に用いることが明示的に示唆されなければ、ポリジアセチレンを用いて光導波路を作製することに想到することは、当業者といえども容易ではない」旨主張するが、前示認定の事実からして、このような考え方は採ることができない。

〈4〉 原告は、また、「ポリマーに限らず、適度の屈折率を有する透明材料であれば、光導波路を構成する材料として用いる可能性はあるといえるかもしれないが、それが実際に光導波路を構成する材料としてどの程度適しているかは、別のことである」と主張する。

この主張は、本願第2発明の光導波路が平面状のものに限られることを前提とするものであり、前示〈1〉のように、本願第2発明の光導波路は光ファイバーを含む広義のものと解されるから、これを採用することはできない。

仮に、光導波路が光ファイバーを含まない狭義のものとしても、前示本願明細書の「導波路の目的のためには、ジアセチレンが規則正しい物理的構造と均一な屈折率とを有することだけが必要である。」との記載は、当然に狭義の光導波路についても当てはまるものとして記載されているのであるから、上記本願第2発明が引用例の記載から容易であるとの考え方は、そのまま適用できるというべきであるし、また、どの程度適しているかは、程度の問題であって、それのみでは進歩性を否定する理由とはならない。

原告は、「乙号各証に示されるポリマーは、従来からよく知られた「通常の」ポリマーであるのに対し、本願第2発明のポリジアセチレンは、かなり「特殊な」部類に属するポリマーであり、乙号各証に示される通常のポリマーと同様に光導波層の材料として用い得るとは当然にはいえない」旨主張するが、これまでに述べた理由により、この主張も採用することができない。

(3)  ポリジアセチレンで光導波路を構成することの容易性(相違点に対する判断についての原告の主張(3))について

原告は、「ポリジアセチレンを用いて光導波路を作製することが技術的に可能であるかどうかを思いつくかどうかが重要である」とするが、前示(2)認定の事実からして、これが容易でないとはいえず、その他の光導波路の一般的構成については原告も認めるところであるから、審決のこの点の判断に誤りはない。

(4)  本願第2発明の作用効果(相違点に対する判断についての原告の主張(4))について

原告は、本願第2発明のように、ポリジアセチレンを用いて光導波路を作製することにより、「半導体基板上に薄膜として形成可能であり、その上に屈折率の小さい物質からなるスーパートレートが形成可能であることによって光導波路の作製が容易である」、「多数の光デバイスおよび導波路の複雑な配列を形成して光集積回路とすることも容易である」、「シラン結合化学種の層を設けることによって、光導波路としての構成を損なうことなく機械的強度やコヒーレンス性の向上を図ることができる」、「オプトエレクトロニクス集積回路が容易に得られる」、「微細パターン形成が可能である」等主張する。

しかしながら、これらの利点は、すべて、厳密には、ポリジアセチレンを光導波層の材料として用いて光導波路を作製しようとする場合、すなわち、ポリジアセチレンを用いて光導波路を製造する方法の発明が奏する作用効果というべきものであって、光導波路という作製された物の発明に係る本願第2発明が奏する作用効果ということはできない。

また、前掲甲第2号証の2によれば、本願明細書には、本願発明共通の作用効果として前記1(4)の記載があり、さらに光導波路に係る本願第2発明の作用効果として、「本発明はまた、光導波路(optical waveguid)をも提供する。かかる光導波路は、その内を通る定在光波(standing light wave)を永続させることが可能であり、また光波を方向付け、操作して曲げることもできる。多くの光導波路系が知られているが、本発明に用いられる物質は、かかる系内への包含に対して非常に高度な適合性を有している。特に本発明の物質は約0.1ないし0.01デシベル/kmという非常に低い損失率を示し、この数値は普通に用いられている有機物に比して有利であり、5~10デシベル/kmの損失を示す灰チタン石(ペロブスカイト)型の組成物よりも遙かに優れている。」(訂正明細書16頁5行ないし17行)と記載されていることが認められる。

そうすると、これらの作用効果は、引用例の記載における、ポリジアセチレンについての、大きくほとんど欠陥のない単結晶の板状ポリマーとして形成でき、しかも適宜の透明性と屈折率特性を有する材料との記載からみて、引用例記載のポリジアセチレンを用いることで当然に得られる作用効果にすぎないと認められる。

したがって、本願第2発明によってもたらされる作用効果は、引用例記載の発明から当業者が予測することができた程度のもので、格別のものとはいえないとした審決の判断に誤りがあるとすることはできない。

3  以上のとおり、原告の主張する審決の取消事由は、いずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担および附加期間の定めにつき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 関野杜滋子)

別紙図面

図面の簡単な説明

第1図は本発明の方法に用いる物質の重合の模式的な式である。

第2図は電気光学デバイスまたは同様なデバイスの略図である。

主な符号の説明;

1…誘導体またはその他の基板

2…重合体

3…電導層またはスーパーストレート

4…入力信号

5…出力

6…制御装置

7…節触子

〈省略〉

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